Author: tukurute

ツクルテ展~ギャラリーやまもと~

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工房ツクルテ展
2011年10月8日(土)~14日(金) 10:30~17:00(最終日は15時まで) ギヤラリーやまもと 日立市大久保町4-10-30 0294-33-1667 駐車場あります
80歳の素敵な料理研究家の方がされている「ぎゃらりーやまもと」 時間がありましたらぜひ足をお運びくださいませ。

毎日新聞・顔なきシステムと闘う(覚書として)

「なんとなくそうなんじゃないかなー」 と思いつつも 自分の脳みその容量がちいさすぎて うまく言葉にまとまらなかったものが 毎日新聞の「時代の風」(斉藤環・精神科医)にうまくまとまって 載っていたので 覚書として 一部記しておきます。 しかし、もはやエビデンス(根拠)を待つ段階ではない。東京電力による「想定外」、ないし、「人災ではない」といった ”いいわけ”によって決定的になったのは、絶対に無事故の原発が原理的にありえないという事実だ。だとすれば原子l力発電所は、ただそんざいするだけで私達の生を確率によって汚染するという‘原罪’を帯びることになる。  もちろんその電力を求め消費したのは私達だ。しかし性急に自己責任を問う前に、考えておきたいことがある。  この種の「原罪」は、もはや単純に、自然にも人間にも帰すことが出来ない。ジャンピエール・デュピュイはそれを 「システム的な悪」と呼ぶ。(「ツナミの小形而上学」岩波書店)。 「私達の行く手を阻む大災禍は人間の悪意やその愚かしさの結果というよりも、むしろ思慮の欠如の結果だ。 そこでの悪は道徳的でも自然的でもない。その第三者的な悪を、私はシステム的な悪と呼ぼう。(デュピュイ、前掲書) デュピュイはこの「システム的な悪」について、来日公演でドイツの哲学者ギュンター・アンダースの予言的な言葉を引用している。「われわれのせいで、黙示録的な脅威にさらされているのに、世界は悪意なき殺人者と憎悪なき被害者が仲良く住む楽園の姿をまとう。そこには一欠片の悪意も見当たらず、あるのは見渡すかぎりの瓦礫ばかりである」。 これはヒロシマ・ナガサキの光景についての言葉だが、ここに「3.11後の日本を重ねずにすますことは難しい。  システム的な悪。原発事故はその最悪の象徴である。私達がその存在を求め、依存し、あるいは依存している事実すら忘れていた「電力システム」のもたらした「悪」。このシステムには顔がない。それは神のように遍在しながら同時に私達の分身でもある。ここで生じた悪は私達全員を共犯関係に巻き込み、全員が共犯であるがゆえに、ただちに「責任」はうやむやになる。  そう、放射線をあびるまでもない。システムはすでに私達を匿名化し、とうの昔に確率的存在にかえてしまっていたのだ。  デュピュイは講演で次のように主張する。システムの悪における責任の問題を考えるという困難を乗り切るためには「象徴的思考」に訴えよ、と。フィクションとしての集合的主体(「私達」や「原子力ムラ」などの)を想定することが、それを可能にするだろう。  顔をもたないシステムに対抗すること。それは私達が「顔」や「名前」をもつ存在として「声」をあげることを意味するだろう。すでに都内では数万人規模の反原発デモが繰り返されている。この種の運動が久しく見られなかった「楽園」において、これは喜ばしい兆候だ。支援と擁護と参加をもって、その歴史的意義への肯定に代えたい

マルシェにいく、そして作品展の準備・・

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昨日、里美のプチマルシェに行ってきました。 そばの花咲く向うに見える家の庭がマルシェ会場。」 農園さんがそれぞれ自慢の野菜を販売していました。 2011やまもと 1719
これだけ買って、¥1100とは! ありがたいですね~ さて、こちらは 明日からはじまる水戸、桃花堂さんでのツクルテ展の準備です。 2011やまもと 1721
焼き上がってからも 作品の点検や、値段つけ、梱包など することがた~くさんあります。 「あーこれ売れなかったら自分で使いたい!!」 とか、思うのもありました・・。 でも、そう思うのからいつも売れていくんですよねぇ~ 残念!と思いつつもやはり嬉しい。 「痛しかゆし」というのでしょうか? 作家の作品を買うって言うことは 一期一会 二度と同じものはないんですよね~。 2011やまもと 1720
これも今回の私のお気に入りの新作です。 作業の傍ら、あわてて写真に収めるので 写りが悪いですが 「里山の小学生」という名前の 長皿です。 里山の小学生(実は私の長女)の読書感想文の文字を 皿にデザインしてみました。 お弁当のおかずになるような、 どこのお母さんでも作ってくれるような・・ そんな、おかずが似合いそうな皿ができました。

桃花堂でツクルテ展があります

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         工房ツクルテ展・Vol.2      9月14日(水)から25日(日)まで      午前10時~午後6時(最終日は午後5時まで) ※会期中20日のみ休業 <桃花堂>        水戸市白梅2丁目3番18号 フェリブェールサンシャイン上がり口 ℡ 029-227-3080         この度の展覧会は大震災を経てということもあり、改めて自らの仕事の在り方について考える契機となりました。 今までの点が線となり、これからの作品へと繋がるよう、改めて足元を見つめ直しながら歩を進めました。 そして、今回は茶道具にも力を入れ、幅の広い作品展となりましたので、どうぞお出かけくださいますようお待ち申しあげます。

帰省

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お盆で神戸に帰省。 自分が通っていた幼稚園の前を 通りかかったら、幼稚園の部分は取り壊されていて 教会の部分だけは残っていた。 sony20118 001
なじみのお好み焼き屋さんに 顔を出したり、 sony20118 006
「鉄人28号」を眺めたり、 家族や親戚と過ごす、 まったりとしたお盆でした~

余震

数ヶ月前よりはずいぶんと 余震も少なくなってきましたが、 忘れたころにガタガタと揺れますねー。 先日の震度4の夜中の地震は 結構でっかく感じました。 寝ぼけながら、 布団につっぷし、地震をおさめよう(念力)と していた自分に朝、爆笑。 地震の起きはじめ、 みんなで地面を押さえたら 多少は揺れが少なくなるか? そんな訳ないか・・

山並みの向付

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上とは別の山並みシリーズです。 以前作った茶碗と置いてみました。 写真写りが悪いです。 実物は自分で言うのもなんだけど もっといい感じ。 器にも「ライブ感」って あったほうが私は好きだな。 ほとんどの人には感じにくいと思うけど。 私が山を眺める。粘土をこねる。器ができた。焼く。私が焼きあがった器を眺める。 器を誰かが眺める。なぜか気になって買う。料理をのせる。または器を眺める。 その瞬間瞬間に、それぞれに、思いや感動、相手とのコミニュケーションがあるんだよね。 静かだけどそれもいい。

タマムシ

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長女が先日「タマムシ」を持って帰ってきました。(死んでる) 下校中に見つけたらしく・・ そして「ぽそっ」と 「タマムシって、「飛んでるところ」か「死んでるところ」しか見たことない・・。」 確かに、「私も歩いてるとこ」とか、「虫かごにおさまってるところ」を 見たことないなぁ~。